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妄想サンバ

助走をつけた妄想がやがて暴走していく文章になる

地獄の中でサンバを踊る

 また自殺未遂をしてしまった。

 また重い入り方ですみません。公的抑圧のブログってこんなんじゃねえだろ、とよくおしかりを頂きます。鬱になって以来自分を見失ってしまったもんですから、どうも文の書き方が分からない。

 で、今回の自殺未遂はそんなに大規模なものじゃなくって、俺が飛び降り自殺をしようとしたら、親父に羽交い締めにされた、とかそんな感じでした。すぐさま家族会議がスタートします。議題は「なぜ俺は死にたいのか?」

 ところで、自意識を色々と犯された人間は誰しもワナビー願望があると思い、これをかっこよく言うと「表現欲」といったところに落ち着くと思いますが、僕もこれを発症しています。実は小説を書いているのも単に自分のワナビー願望だと思うし、そんな不純な動機で書いていていいのか、でも何か書かないと落ち着かない、そういうことでやっています。

 で、稀にワナビー願望を持って成功する人もいますが、大抵は夢破れて普通の人になっていくと思います。僕も、おそらく普通の人の方だと自覚していて、なぜかというとあらゆることに対して僕は才能がないんです。

 顔も醜悪。運動もできない。絵もかけない。歌は下手。頭は悪い。小説も上手く書けない。

 ほら、何事にも才能がないでしょ。「表現欲」というものを持って世の中に出ていこうとするには絶望的な才能のなさです。

 というわけで、絶望しました。何も出来ない自分が許せないし、生きていくことの意味とか価値とかがあんまりないなあと思っています。います、というのは現在進行形で僕はチャンスがあったら自殺するつもりだからです。

 そんなこんなを親に話したら「そんなことはない」と否定してきます。否定してきてくれるのは嬉しいですが、僕に才能がないのは事実だし、多分あらゆる能力も平均未満で、つまりこの社会で生きていく資格がないと思っています。

 正直、今は生きていく意欲すらありません。なぜ人は生きるのでしょうか。なぜ人は自殺を止めるのでしょうか。望みもせずこの世に生を受けてしまった以上、死ぬタイミングくらいは自分で選択出来るようになるべきだろう、といつもそう思っています。

 正常な人はこの発想を受け付けないみたいで、父にも母にも否定されました。父も母も僕を生かしてどうしたいのでしょうか。僕にこの苦しみを一生背負わせるつもりなのでしょうか。

 もう何も出来ません。死ぬことも出来ないと思います。卑怯者です。臆病者です。生きていく意欲もないけれど死ぬことも怖くて出来ない、本当にゴミみたいな人間だと思います。

 このままゴミみたいな人生を送ることになるんでしょうか。地獄だと思います。地獄よりももっとひどいです。このまま行けば廃人になってしまいます。どうにかならないでしょうか。誰か僕を救ってくれませんか。

 そんなことを思いながら「ENGEIグランドスラム」という番組を見ていました。数多のお笑い芸人が面白いことを言って笑いを取る姿を見ていると、僕もお笑いをやってみたいなあと思い始めていました。

 でも、僕にお笑いの資質はないでしょうから、無理な夢です。そもそもお笑いで食っていくのは無謀に無謀を重ね着したようなものです。今も何万人規模の若者が、お笑いで飯を食っていこうと切磋琢磨していますから、そんなところに飛び込んでもこてんぱんにのされるだけです。

 でも、何か変なことを言う、自分が面白いと思うことを言い続ける、これくらいはお笑いで飯を食わなくても出来るかもなあとぼんやりと思っています。

 そうだ! 自分が面白いと思うことをやり続ければいいんだ!

 だから、これからは地獄の中でサンバを踊ろうと思っています。